仕事柄、撮られる側になることが多い高野さん。しかしどうにもそれが得意でなかったといいます。「笑ってと言われても、うまく笑えなかったんですよね。若かったということも、あるんでしょうけど。」

誰しもレンズを向けられれば、緊張感を覚えるもの。カメラマンがどんな気持ちで自分を見ているのか、レンズが語ってくれることはありません。無機質に響くシャッターの音は、不安をいっそう高めていきます。そんなことを話しているときに友人が言ったひとことが、彼女に写真を撮らせるきっかけになりました。「じゃあ、撮る側になってみたら?」

なるほど、それは面白いかも。高野さんはすっかりその気になりました。

早速家をさがしてみると、1台の古いカメラが出てきました。ずいぶん昔に、祖父が知り合いから譲り受けたもの。「シャッターは切れませんでした。どこもスムースにはうごかないし、青く変色しているし、匂いも強くて。」使えるかどうかも怪しいカメラ。それが、ライカA型だったのです。

ご存知の方なら、はじめてカメラを持つ人にA型をすすめることはないでしょう。A型はライカの歴史において、初期も初期の形。レンズは固定で交換できず、距離計も内蔵されていない、フルマニュアルのカメラです。撮りたいものを見つけたらファインダーを覗いて構え、露出計で露出を測ってシャッタースピードと絞りを合わせ、今度は距離計を覗いてピントを測り、距離計の目盛りと一致するようにレンズを回して、もう一度ファインダーを覗いてシャッターを切る。そんな手間のかかるカメラですから、ライカ好きもよっぽどの段階になってはじめて手にする1台なのです。

「でもすごく気に入っちゃったんです。可愛いし。」

知り合いに教えてもらったカメラ屋でオーバーホールしてもらうと、調子を取り戻したA型はすっかり彼女のお気に入りになりました。仕事場にぶら下げていってロケの合間にシャッターを切ったり、オフのお散歩に持ちだしたり。バルナックライカのシンプルで小さなボディが、手によく馴染んだのでしょう。撮影に少し手間のかかるところも、かえって面白かったのかもしれません。

 

クラシカルな手順で写真を撮る高野さんを見ると、誰もが「もう少し便利なカメラ」をすすめてくれるようになりました。「撮りたい!」と思ってから実際にシャッターを切るまでには、たしかに結構な時間が必要なライカA型。思い切ってもう1台・・・と色々なカメラに触ってみた結果、高野さんが選んだのはブラックペイントのMP6でした。レンズには35mmのズミクロン。へこんだレンズフードと、いい具合に真鍮の色が出たボディ。彼女の手のなかにあるMP6には、よく使い込んだ風合いが出ていました。

「一眼レフも触ったんですけど・・・こっちがいいなと思ったんです。このカタチが好きで。」

A型で写真を撮っていた彼女にしてみれば、M型ライカに発展するのは必然であったかもしれません。ファインダーを覗いたままピント合わせができること、しかも露出計がついているということ。MP6は高野さんにとって、本当に「便利になったカメラ」なのです。とはいえ、デジカメという選択肢はなかったのでしょうか。

「私、パソコン持ってないんです。本当にアナログ人間で。だから今でも、フイルムを現像に出して同時プリント。」

 

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