高野さんは今、次にはじまる舞台の稽古場にいました。たくさんの経験を経てすっかり大人になった彼女は、当時のことを愛おしそうに振り返ります。

「『さくら』の時は本当に精一杯で。今思い返してみて・・・芝居ができていたかといえば、そうではないですよね。複雑な心の動きを理解して演じるなんてことはできないし、とにかく全身全霊、魂をこめて役に取り組むだけ。」

ひたむきでまっすぐな演技と、それを受け止める人たち。そんな現場からは、ときに想像を超える作品が生まれてきます。

「ほんとうにあの時の自分にぴったりの役だったと思います。だから全力でやれたし、沢山の人にも支えてもらえた。『さくら』じゃなければ、オーディションに受かったかどうかはわかりません。」

落選ばかりの人生です、なんて謙遜する高野さん。それは同時に、どれだけ多くのチャレンジをしてきたか、ということでもあります。

 

諦めずに挑戦を続け準備をしてきた彼女であればこそ、訪れたチャンスをつかむことができたのでしょう。それが偶然や幸運でないことは、今もなお役者を続けているその姿が何よりの証拠です。

 

 

稽古がはじまると、彼女の表情は一変しました。気さくで朗らかな「高野志穂」は姿を消し、舞台で演じる「イライザ」が姿を現します。全員が全神経を集中させる張り詰めた空気の中、ひとつひとつのシーンを演じながら、身振り・動き・声のトーンなど、細部にわたるまで確認と調整が繰り返されてゆく。舞台が少しずつ練りあげられていき、完成度を高めていくその時間は、はじめて見た私たちには圧巻の一言でした。

「色々なお仕事があるけれど、やっぱり舞台は特別。すごく長い時間をかけて稽古をしているのに、やればやるほど発見があるんです。」

台詞ひとつ、動作ひとつに込められた登場人物の思いを自分のなかで消化し、どのように表現するか。「行間を読む芝居をしたい」と、彼女は言いました。毎日朝から晩まで続けられる稽古の様子、そしてまさにそこで舞台が生まれてくるさまを目の当たりにすれば、高野さんが感じているやり甲斐や面白さが、少しは私たちにもわかった気がします。

 

今度の舞台「ピグマリオン」は、バーナード・ショー原作の戯曲。オードリー・ヘプバーンが演じた、映画「マイ・フェア・レディ」の原作といえば、ご存知の方も多いでしょう。そもそもこの企画、フランスでソフィ・マルソーの演じた同舞台が発端だというのです。

「オードリー・ヘプバーンもソフィ・マルソーも、あこがれの人。そんな人達の演じた役だと思うと、すごいプレッシャーです。でも考えてみれば、こんなに光栄なこともないですよね。」

10年の歳月を経て、少女は役者になっていました。
高野さんの表情からは、不安よりも喜びが伝わってきます。

「それに主演の市川さんは、自分より年下なんです。いままでは自分のことで精一杯だったけど、そろそろ周りに気をくばれる自分でありたいなと。今回の役はほんとうに難しくて、あんまり余裕はないんですけどね。」

そう言って高野さんは笑うのでした。

 

 

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