少し話は脱線しますが、日本のライカユーザにとって「ライカ」とはM型であると言えるでしょう。そして、最高はM3だ、いや35mmのフレームがでるM2だ、M4までしかライカとして認めない・・・なんてやりとりに愛好者の皆さん一度は加担したことがあるのではないでしょうか。筆者も勿論あります。つまり旧来のユーザにとってフイルムのM型ライカは、バイクで例えるとパンヘッドやショベルと呼ばれるオールドのハーレーダビッドソン。またはFenderのビンテージと呼んでいいカスタムモデルのギター。ポルシェで言えば、ナローと呼ばれた初期の911みたいな存在と似たようなものかもしれません。たまに海外から訪れている人がライカを提げているのを見かけますが、フイルムのM型でもM6やM7。M3やM2、M4といったオールドモデルを提げているのを見たことがありません。こんな現象は例えで挙げた他のものでも同様なようで、ハーレーでもお膝元のアメリカでは、普通にGパンTシャツ、真っ白なフルフェイスのヘルメットといったスタイルで乗っている姿をよく見かけます。跨がっているモデルもわりと最新に近いモデル。対して日本では、アメリカ以上に"アメリカン”に乗りこなす風潮が見受けられます。海外ではわりと新しいものを積極的に用いて使う傾向が強いようです。

さて、話は戻ってライカM8の登場です。ライカ M8の登場以前に、互換マウントのモデルとしてEPSONよりR-D1というデジタルカメラが既にリリースされていました。時計のムーブメントを用いたり、アナログ感にこだわった軍艦部、なんとシャッターチャージのためだけに巻き上げレバーも。画はレンズのクセが出やすいようにLPFの効きを弱めにしたり、ともかくEPSON社内のカメラ好き・写真好き・ライカ好きの皆さんが、よってたかって作ったようなモデルで(もちろんリスペクトを込めた意味です)、画も素晴らしかったのです。今に至っても十分な説得力を持つモデルでしょう。本家ライカ社がM型のデジタルを出すとアナウンスされたとき、筆者を含めたR-D1ユーザは色めき立ちそうなものですが、わりと冷静でした。あまりにフイルムのM型の印象が強く、それに反して巻き上げレバーも、ロゴの彫り込みも無く、実にのっぺりと感じた軍艦部。フイルムのM型に比べて厚みの増したファット感。それでも提げたプライスタグには驚きました。当時新品で買えるフイルムのライカ MPやM7とさほど変わらない価格だったためです。もっと高額な価格を設定してくると思っていたため、本当に意外でした。「ライカは本気で売るつもりだな」と仲間内で話したものです。なんだかんだと言いつつも「本家が出す」ということで、結局仲間内でもちらほら購入者が。筆者は一番乗りでした。画はDMRを使っていたため想像がついていました。基本的にはキャリーオーバーだろうと考えていましたが、M型のフランジバックの短さにも関わらず、ファーストシュートで画はDMRより上を行っている印象を受けました。LPFが無く、APS-Hサイズのセンサーを搭載するため、R-D1以上にフイルムで使ったレンズの印象が被ります。ともかく尖鋭な像を結び、その画の虜になりました。何より、ライカのレンズをライカのボディで撮ることができる、しかもデジタルでということが非常に大きなインパクトでした。あれだけ「巻き上げレバーが・・」「軍艦の彫り込みが・・」と言っていたこともそっちのけ。ゲンキンなものです。さらに「ライカからすれば、バッテリー搭載するのに何故巻き上げだけレバー操作が必要なのか、ということなんだろうなあ」と、仲間としたり顔で語る始末です。いやはや、実にお恥ずかしい。

ともあれ、ライカ社はM型初のデジタルで大成功を収めました。DMRでも同じ事を記しましたが、たとえば先日発表された「ライカ M」のような形も想定できたと言えます。ただし当時はTTLライブビューを実現できたか否かといった状況。ただ振り返ってみれば、M型のボディにデジタルをプラグインするということが結果として正解だったと思えてなりません。当時のライカ社における開発力で(ニアイコールである種「資本力」も)、実現できたかという問題、何よりフイルムのM型とそう変わらない操作・アピアランスであるということが重要だったと感じます。そう、感材をフイルムからデジタルにただ置き換えるということ。ポルシェ911が、空冷から水冷にエンジンを刷新したのはモデルネーム「996」というモデルからですが、いま振り返ってみれば最後の空冷モデル「993」のスタイルと乗り味を色濃く残しています。空冷911同様、強烈なライカ・ファナティック達をなだめすかすには、"積極的"な伝統継承が必要だったと思われるのです。このあたり、またインタビューの機会があれば伺ってみたいところです。

セールスも非常に好調で、結果的にシームレスなM型の"デジタル参入"をやってのけたライカ社ですが、ライカ M8について幾つか面白いなと感じた出来事があります。まず一つは赤外カットが無いに等しい画についてです。このあたりの話は皆さんの方がお詳しいかもしれませんが、赤外線カットフィルターがそもそも入っていないのでは無いかと疑われます。これは解像力を重視してのことか、ともかく真相はわかりません。ライカ M8の色再現はこれ以降のモデルと全く違います。大変観念的な表現で申し訳ないのですが、他社を含めて他のデジタルカメラには無い非常に独特の色再現で困ることもありますが、どことなくフイルム的な画なのです。この因果関係は詳しい話をライカ社から聞いたわけでも無く、その道の専門家でもないため何とも言えません。「面白いな」と勝手に感じているのは、こんな色再現や赤外被りなんてライカ社も当然把握しているわけで、これをそのまま意図的にリリースしていることだけは濃厚なようです。ドイツの名だたる企業によく見受けられる「こんなもんだ、これなんだ」というアレですね。今回のライカ社訪問で判明したことですが、Dr.カウフマン氏はライカ M8を初期ファームウェアのまま愛用されているそうです。曰く「色がいい」とのこと。初期ファームは再生ボタンを押すと、画面にたまに砂嵐が起こったりするお茶目なファームでしたが、いやはやなんとも。(※念のため、ライカ M8/M8.2購入者にはレンズ前に取り付けるUV/IRフィルターを無償提供していました)

面白いと感じたもう一つ。ライカ M8デビューの後、ライカ M8.2というマイナーチェンジモデルが登場していますが、なんとライカ M8と比較してシャッター最高速が1段落ち、1/4000となってしまいました。ライカ M8登場時より「シャッター音がうるさい」とアメリカをはじめ、日本のユーザーから上がってはいましたが、静音化のために新しいシャッターに換装してしまったのです。しかも開放ジャンキー(?)のための1/8000に対する手当として、ISO80減感モードを搭載するという芸の細かさ。この一連の動きを見ていて、相変わらずライカ社はライカ社、しかし随分と気の利く会社になったもんだと感心したものです。このあたり、今回のライカ社訪問において、キーマンの皆さんにお目に掛かり、よくよく理解できたのでした。チャンネルはそのままで・・・というような話で恐縮ですが、詳しくはインタビュー記事をご覧ください。

 

 

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